DACは音楽を聴くために必要な性能を満たしているのか

FFTrans HUD

デジタルオーディオの仕様表には、24bitやDSD256、ノイズシェーピングといった数字が並びます。
理論上のダイナミックレンジは16bitで約98dB、24bitで約146dBとされ、量子化ノイズを可聴帯域外へ逃がす技術が語られます。
しかし、音楽を実際に聴く場面で、これらの性能はどこまで必要なのでしょうか。

現実の聴取ダイナミックレンジ

まず実際の聴取環境を想定して考えてみましょう。
音楽をピーク80dB程度で聴くとします。
わりと静かな部屋の暗騒音が30dB前後であれば、単純な差は50dBです。
カクテルパーティ効果やマスキングを加味しても、聴取上のダイナミックレンジが80dBを超えることはほとんどありません。

過度に圧縮された音源が生まれる理由は「その音源が目立つように」という側面もたしかにあると思いますが、この実際の聴取環境という制約も理由のひとつではないかと思うことがあります。
小さく聴こえる部分を残そうとしても暗騒音に埋もれます。
制作側は平均レベルを上げ、ピークを潰してでも「常に聴こえる」方向に振りがちとなってしまいます。
いわゆる海苔波形が生まれる要因はここにもあるのではないでしょうか。

ですから、DACでいくらノイズフロアを下げる話を重ねても、聴取環境がそもそもそんな広いダイナミックレンジを要求していないなら、実用上の意味が大きいとは言えない側面があるのです。

無音時と音楽再生時の違い

DACの特性は、無音時(または微小信号時)と実際に音楽を再生しているときで実は結構異なることがあります。
無音時は量子化ノイズやディザ、ノイズシェーピングの効果が素直に現れやすく、スペクトラム上では理論通りに見えます。
一方、音楽再生時は大きな信号が常に動いているため、変調器の動作点、電源やグラウンドの変動、アナログ段の歪み、ジッタの出方などが変化することがあるのです。

ΔΣ系では信号レベルによってノイズシェーピングの効き方や安定性が変化し、R-2Rでも大信号時のスイッチングノイズや熱的変動が効いてきます。
測定器の画面上のきれいな数字と、耳で聴いているときの実態は乖離しやすいのです。

技術の選択を見直す

44.1kHz時代の急峻なアナログフィルターは位相回転や群遅延の変動を伴いました。
しかし、位相が回ること自体が本当に即座に音をダメにするのでしょうか?
正直、当時のフィルターも聴感上壊滅的だったという実感はなく、多くの人が普通に音楽を楽しんでいました。
たしかに聴き劣りする機材もあるでしょうが、今聴いてみても優秀なDACも結構あるというのが正直な感想です。

現代のデジタルフィルターでも、リニアフェーズとミニマムフェーズのトレードオフは残っています。
ノイズシェーピング(誤差の持ち出し)も1bitだけの専売特許ではありません。
16bitや24bitのPCMでも、ディザやビット深度変換、マルチビットΔΣの内部処理などで日常的に使われています。

また、これは異論がある方も多いかもしれませんが、PCMをDSDに変換する行為に明確なメリットはほとんどないと思っています。
元々なかった情報が変換で増えるわけではないですし、超音波領域にノイズが乗り、後段のアナログ回路に負担をかける可能性もあります。
そもそもDSDは「1bit」そのものではありません。
1bitはビット深度の話であり、DSDは特定のレートやノイズシェーピング特性を含む規格です。
同じ1bitでも変調器の設計次第で特性は大きく変わります。

R-2Rについても、抵抗精度の問題は昔から指摘されてきましたが、現代のR-2R DACの一部の製品では実測値をデジタル領域で補正するLUT校正が使われています。
実際の抵抗精度を追い込むことで精度を担保できるのは、どう頑張っても24bit(実際は20bitくらい)が限界なのです。
ですから、過去の実装をそのまま当てはめて考えていると本質を見誤る恐れがあります。

必要な性能とは何か

結局のところ、DACの性能が音楽を聴くために必要な性能を満たしているかどうかは、仕様表の理論値だけでは決まらないのではないかと私は思っています。
現実の聴取環境のダイナミックレンジ、無音時と音楽再生時で特性が大きく異なること、位相回転の可聴性、変換の是非——こうした点を基礎に据えて初めて、本当に必要な性能が見えてきます。

仕様表の数字は技術の進歩を示すものではあっても、音楽を聴くための性能を直接表すものではありません。
現実の聴取条件で見れば、今のDACのほとんどは、音楽を聴くのに必要な条件をすでに十分に満たしていると私は考えています。
だからこそ評価は音楽を再生した状態で行い、測定もそれに沿ったものを選ぶべきではないでしょうか。
スペック表の数字に一喜一憂する必要はないと思うのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました